私は言葉を信用していない(こんだけブログ書いて、言語化大事って言いながら言う)
だって、言葉は全体からちょっとだけを切り取った、ほんの一部分
「大事なことは、なんにも伝えてくれない、そんな気持ちになることがある」
あぁ、そうそう
なんとかして「くれない」、ってのは被害者モードに入ってるときだ
これはよくない
「大事なことは、なんにも伝えられない、そんな気持ちになることがある」
不思議だけど、これだけで、言葉に乗るエネルギーが変わる
言葉に乗るエネルギーが変わるということは、言ってる本人の感覚は、もっと変わっているはずだし、潜在意識にはもっと大きな影響があるはずだ
それをよく感じるのは、例えば「傷つけられた」「認めてもらえない」「見てくれない」っていう受動態の言葉
「受動態」というのは、能動態とは違って行為者が主語にならずに、行為を受ける対象が主語となる態である
wikipedia
なんとかして「くれない」
そんな表現を使うときには、隠れた意図がある
受動態って、自分が主語だけど、行為を行っているのは相手
だから、その行為の責任は相手にある、ように表現できる
そう、受動態を使っていると、相手に責任を持たせられるのだ
私は、それを「被害者を演じる意図」と見ている(もちろん、無意識よ)
被害のビリーフがある方は、受動態で表現する方が多い
もちろん、意図的にではなく、無意識にそういう言葉を選んでいるから、本人も自覚がない(責めてないよ、そうなる理由がある、というだけ)
あと、「~~される」「~~られる」
尊敬じゃなく、受け身の方ね
「お世話をさせられる」「話を聞かされる」「損な役回りをさせられてきた」
なんか嫌なことをね、やらされてきたと感じている方は、こういう表現になることが多いの
セッションを受けて頂くと、その言葉を拾うので、
「私そんなに、される、される言ってるんですね..」
と、気が付かれる方は多い(それだけ、無意識に言ってるから、全く気が付いてない)
もしこれを読んで、受け身の言い方してるわ、と思った方は、受動態を能動態へ変えて話をしてみてほしい
「あなたが、~~してくれない」
「あなたが、~~しない」
言葉に出して、比べてみてほしい
被害を受けて相手を責める印象が少なくない?
「お世話をさせられる」
「お世話をしている」
「話を聞かされる」
「話を聞く」
「損な役回りをさせられてきた」
「損な役回りだった」
責めたいんですよね
責めたいと思うほど、苦しいんですよね
と思ってしまう
その、被害にあっている感じ、相手を責めたい感じ、そこに気が付くことがまず必要なの
「あなたが、~~してくれない」
そこには必ず、~~して欲しいという願いや要求があって、~~すべきというビリーフがある
そして、その裏には「~~してもらえなかった」という過去の傷があるの
その痛みを、ちゃんと治していくためには、受動態を卒業して、能動態でフラットに事実を俯瞰していくという作業が、必ず必要になるんだよ
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