「自信がない」の本質とは

ビリーフ、思い込み、価値観、観念

「自信がない」「自信を持ちたい」というのは、日常会話でも割と耳にする話だと思うんですが、セッションで扱うことも多い話題です

何に対する自信かというのは、それぞれに違いますが
・何かが「できる」と感じられる
・何かを「決められる」と感じられる
・決めたこと、やったことに責任が持てる
・自分が揺らがないでいられる
・周りに振り回されない
こうなりたい、というお話を伺うことが多いです

「自信」には2種類ありますよね、過去の成果や実績に基づく「根拠のある自信」と、特に実績も経験もない「根拠のない自信」

自分に「自信がない」という方の多くは「根拠のない自信」を持っていないから自信がない、と捉えている方が多いように思います

例えば、やったこともないことに着手しても、「根拠のない自信」があれば、大丈夫だ!できる!と思えるんだろうな~(自分にはできないけど)と想像し、

そして「根拠のない自信」を持っている方は、確固たる「成功する!」という確信があるんだろうな~(自分にはないけど)と思ってしまうようです

自信がないと仰る方の話を伺っていると、決定的に間違った道があって、絶対に自分はそこへ行く!という確固たる自信がある、つまり、「自分は間違う!」という自信があるんです

「自分は間違う!」という自信、それがね「自信がない」の本質だと思うんです

「自分は間違う」
「自分の選択は、正しくない」
「自分はできない」
そう信じ込んでいる

まぁ、誰にそう言われてきましたか?
なぜ、その信じ込みを作りましたか?というあたりが、セッションで扱っていくところです

ちなみに、私も自信ありげに見えるらしいのですが、どのセッションも、どの講座も、成功する自信なんてこれっぽっちもないです
本当に、これで伝わるだろうか、本当にこれでいいのだろうか、いつも迷いながら、悩みながらです

では、どうして自信がある感じに見えているか、というと「決定的な失敗はない」と思っているからです(多分)

「成功する!」と確信していること=自信がある、ではありません
「成功しなくても大丈夫!」と思えるかどうか、なんです

実は、数多くチャレンジしてきた人ほど、根拠のない自信を持っている場合が多いのですが、それは多くの小さなチャレンジ、いわゆる根拠のある自信をつけることを繰り返して得た「大丈夫感」です

そしてチャレンジの多い方は、実は成功体験だけでなく、数多くの失敗体験もしてきています

失敗の体験を実際にしてみると、確かに転んだ瞬間は痛いのですが、死にはしなかった、我慢できる痛みだった、という失敗の経験値を上げることで、安全な転び方を学ぶ効果もあります
そうすると、失敗しても「どうにかなる」「痛くてもすぐに治る」という楽観性が育つようです

この「成功しなくても大丈夫」「どうにかなる」という精神状態こそが「自信」です

別に万能感があることを「自信がある」とも言いませんし、全てできることが「自信がある」ことでもありません
そして、世の中には自分にできない事柄なんてたくさんあります、道を歩けば、すぐに出来ないことにぶち当たります
人は、他人に出来て、自分の方が出来ないことの方が多いものです、それが普通です

でも、決定的に即死する失敗なんて事、実はそうそうありません

そして、数多くチャレンジしてくると、自分のレベル感を客観的に見ることができるようになります
やったことない(チャレンジの経験値が低い)方は、成功のハードルを死ぬほど爆上げしてることが多いです(これは、採用研修などでも感じたこと)

そうすると、当たり前ですが、成功率がやたらと下がります
今の自分のレベルで、ここまでできれば上出来、3か月後にはここまでできる、という客観的な評価はとても大事なんですが

自分はできない!と思い込んでいると、そこにもフィルターが掛かって、できる部分に目を向けることが難しいんですよね

ついでに言うと、ほどほどの成功で満足するということも、経験値のひとつであるように思いますので、その程度の自分で、その時点はOKにしてあげてください

最初から「東京ドームを満員にしないと成功ではないのだ!」と思ってると、いつまでたっても歌えませんね

そんなわけで、失敗の経験値が足りないなと感じる方は、少しづつチャレンジを、チャレンジしてもしても、目に見える実績が出てるのにどうしても自信が持てない方は、どうぞセッションへお越しください

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